@shizu diary

アクセスカウンタ

zoom RSS 病気と元気。

<<   作成日時 : 2006/12/03 23:24   >>

トラックバック 0 / コメント 0

パートナー、風邪&腸炎でダウン。吐くのと高熱でうぅ、うぅ・・とうなっています。

心配だけど、薬を飲んで安静にするしかない。吐き気でプリンをちょっと食べるのが限界のパートナー。私は至って健康体。相手がへばっててもしっかり横で食べてます。うつされてなるものか〜。

唸り声を聞きながら、横で食事をしていて思い出した。祖母が危篤だったが若干持ち直して小康状態の時の事。周囲のおじさんやおばさん達は私やいとこの姉ちゃん、兄ちゃんに何を言ったか?

「今のうちに食べに行っとき。」

「おばあちゃんが死に掛けてるのに何をいうてんねんや。」と心の中で思う。
「食べにいってる間に死んだらどうするんよ。」とも思う。

が口答え出来るわけなく、どやどやっと近所のお好み焼き屋に10人ほどで出掛けてささっと食べた。もちろん、その間におばあちゃんは逝きはしなかった。その数時間後に亡くなったんだ。

「食べにいっといで。」と言ったおじさんやおばさん達の事を、その時は不謹慎だと思った。何であんな時に、あのタイミングで言ったのか長い間わからなかった。けれど、今ならわかる。その時に食べなきゃいかんのよね。みんなで枕元を囲んで誰も一歩も離れられない状況は、心身ともにクタクタになるだけなんだ。遅かれ早かれやってくるお別れに、自分達が今、生きているという日常生活を組み込みながら、死にゆく人を送る。

沢山の人を見送った経験のある人達だからこそ言えた一言だったんだ。

人が亡くなったとき、お葬式の時の悲しさは一時のものだ。(私にとってはね。)本当につらいのは、亡くなった後、自分の生活もお葬式前の日常に戻った時。どこを見てもその人の姿はなく、面影や、使っていたもの、匂いや、手紙、写真。残された数々のものを見て、感じて、自分に襲ってくる寂しさだ。

でもその「寂しさ」を感じるのは、亡くなった人が自分に関わった証。自分がその人に関わった証。時がたてば、それも切ない気持ちにすこしずつ変わっていける。

「食べにいっといで」と言ったおじさんやおばさんも、ほとんどあっちの世界にいってしまった。私がいつかこんな場面に出くわしたら、そう、甥っ子や姪っ子に「今のうちにご飯食べといで。」って言うやろうな。うん、絶対言うな。


で、いつもと様子の違うパートナーに一番とまどっているのは10匹のにゃん子達。うぅ、うぅ・・・という唸り声に心配そう。側に寄っていくのに引っ付かない。いつもなら布団に潜り込んで密着するのに。空気をよむのはさすがに動物、我が家族。





画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

病気と元気。 @shizu diary/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる